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那覇グランドホテル
2010年4月オープン!!!
花粉症も無く、温暖な気候と青空の似合う那覇市内に、真心のこもったサービスと家族愛を併せ持ったホテルです。国際通りまで徒歩約30秒と、最適なロケーションをご活用いただけます。
- 宿種名
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ホテル
- 住所
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〒900-0014 沖縄県那覇市松尾1-5-7
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ホテル
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自分でも何故か判らないが、何となく行きたくなっていた。
そこに何か特別なものがある訳でもない。
島に着くと、腕時計を外し、携帯電話の電源を切って、自転車に乗って島内を廻った。
とにかく時間を気にすることなく、の~んびり過ごすことができた。
2010/09/02 12:09:21
ウィーン ベルヴェデーレ庭園のライオン天使像 2009.10.12
2009ウィーン・ザルツブルグの旅10(写真増補版 72枚 2010.9.1)
この旅行記は公開後、日付毎に分割編集しました①~⑦
写真の枚数も全部で280枚に増補しましたのでたっぷりご覧になれます。興味ありましたら元画像に拡大して御覧になることをお勧めします。
細部まで見ることができます。拡大は無料です(笑)
2009年10月5~14日
年に一度の今年の海外旅行はクラシック音楽の中でも私がもっとも多くの好きな曲のあるモーツァルトが生まれ活躍したザルツブルグとベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットがあるウィーンを訪れました。
ウィーンは5年前に中欧3国のツアーで一度立ち寄りましたが再度たずねたくなる魅力あふれる街で、今回はオ-ストリア1カ国に絞り、ハプスブルグ王朝の文化遺産と音楽と自然の美しさを堪能した旅でした。
10月5日(月)
出発便 成田発アエロフロート・ロシア航空SU582便 12:00発 エアバスA330-200
モスクワにてSU263便 エアバスA319に乗り換えウィーン着22:00 (時差7時間)
今回は直行便ではなくモスクワ経由としたのは運賃が約半額であるのと帰りにおみやげにマトリョーシカ(木製重ね人形)を買うためである。
インターネットで調べたアエロフロートの評判は芳しくなかったが、実際には機材は真新しい機体で、機内食も他のキャリヤーと変わらなかった。違いは日本人の乗務員がいないことぐらいであった。格安航空券ではなくペックス・スーパーバリュウというお買い得チケットで十分満足できた。
エアバスA330は240人乗りの中型機で座席は2-4-2列。ジャンボジェットよりもこじんまりして落ち着ける感じだった。
モスクワまでの隣席は大卒後専門学校の学生で、来年3月に卒業予定で友人と3人(一人は韓国人)でプラハに行くのだという。
機内食の最初の昼食は特に印象には残らないが、夕方に出た二度目(軽食)のラザニアはとてもおいしかった。
ちょうど10時間でモスクワのシェレメチェボ空港に到着。外は小雨で11℃とのこと。
着陸寸前に上空から見たモスクワの印象は緑が大変多い街であるということだ。
トランジットの保安チェックは、特に手荷物・身体チェックに手間取り、全員靴まで脱いだ。
それが済むと待合スペースで、みやげ物店、免税店、飲食店などかなり多くの店が連なるターミナル2の内部はネットの書き込みとは異なりかなりゆったりして椅子の数も十分だった。
出発まで2時間以上あるのでIrish Barでスモールラガーをたのんだら105ルーブルだった。(後で調べたら1ルーブルは約3円強)
ウィーン行きは14番ゲートで、近くの12番ゲートでは東京行きの搭乗が始まっていた。
2時間半ほどの飛行でウィーン空港に着き22:30発のリムジンバス約20分で中央駅まで行き、そこからタクシーで市庁舎裏のRange gasse(ランゲ通り)のHotel Zisperに到着。
三ツ星ホテルでバスタブ(浴槽)は無いが熱い湯が出たので温熱療法のようで気持ちよかった。水道水はアルプスの雪解け水が源なのでそのまま飲んで差し支えないと書いてあった通りで、カルキ臭もなくおいしかった。無事に到着して一安心。ホッ!
10月6日(火)
3時半に目が覚めてしまったが、二度目は目覚まし時計で6時半に起きた。食堂は地下にあり、ビュッフェ形式でかなり豊富な食べ物が用意されていた。ハム、ソーセージ、チーズ、ヨーグルト、各種ジュース、牛乳、ジャム類、シリアル、フルーツ類などと、保温容器に入った焼きベーコン、卵料理。
一日歩き回るので朝食をしっかり食べることは重要なので助かる。マダムがティーorカフェと聞いてテーブルまで運んでくれる。食後玄関を出て空を見上げると晴れていた。
フロントで最寄りの地下鉄駅Rathaus(市庁舎)を教えてもらった。市庁舎は中央にゴシック建築の尖塔のある巨大で豪華な建物で存在感に圧倒されてしまう。
その横を通ってフォルクス庭園(市民庭園)へ行くと花の時期を過ぎたバラ園の彼方に市庁舎の塔が朝日に輝いていた。公園では遠足に来ていた小学生たちに出会った。
続いてホーフブルグ(王宮)のシシー博物館と皇室の居室、宮廷銀器コレクションなどを見学した。最後にここに住んだ皇帝フランツ・ヨーゼフ皇帝夫妻の居室やエリザベート皇紀の生涯、膨大の数の銀食器や陶磁器、金メッキのダイニングセットなどハプスブルグ家の栄華を偲ぶことが出来る。シニア割引のある入場料には日本語のオーディオガイドも含まれているのでたっぷり見ることが出来たが、ガイドツアーのグループも多く、追い越して進まないといつ終わるかわからないようだった。
見学の後、地下鉄Nestroyplatz駅近くのミキ・トラベルに行って明日の「ウィーンの森半日観光」(E58)(Eはユーロ)と12日の楽友協会ホールでのモーツァルトコンサートのチケット(E54)を購入した。
シュテファン広場Stephanplatzへ戻りグラーベン通りのオープンカフェでシュリンプサラダとビールの昼食。足取りが重くなったがシュテファン寺院裏のモーツァルトハウス・ウィーンに行くことにした。モーツァルトはウィーンに11年間住んだが9回も引っ越したといわれ、ここが唯一現存する家だ。
アパートメントの1~3階を占める10以上の部屋があり、ビリヤード台のあった12畳ぐらいの広い部屋もあって経済的に余裕のある時期を過ごしたのであろう。賭け事も好きで借金に苦労した時期もあったそうだ。ここでもオーディオガイドが役立った。「フィガロの結婚」はこの家で書かれた。
午前中は雲が多かったが午後は快晴となり陽射しが強く、暑くてコートは着ていられない。写真はコントラストが強すぎて具合がよくない。シュテファン寺院の中に入ってベンチで休憩しながら日記を書いている。
ケルントナー通りをそぞろ歩きながら路地奥の郵便局で絵葉書用の切手を買った。郵便局は文具なども販売しているコンビニもかねているよううだ。看板もポストも黄色がシンボルカラーらしい。帰りがけに明日の午後の集合場所ALBERTINA美術館を確認に行くと客待ちの観光馬車フィアカーが何台もとまっていた。
ホテルに戻って一休みし、着替えてから帰りにホテルの近くに見つけたAdam’sというビァレストランへ出かけ、ターフェルシュピッツというウィーンの名物料理をたのんだ。
コンソメスープで茹でた牛肉の薄切りに擦り下ろしたホースラディッシュ(西洋わさび)と付け合せに細切りポテトのソテーが付く。さっぱりした味でビールにもよく合う。
今回は歩数計を携帯することにした。本日の歩数:19010歩
10月7日(水)
夜中の雨音が激しかったので心配したが朝は見事に晴れていた。市庁舎方向に向かって昨日より一本南側の道から国会議事堂の脇に出た。さすがかつてのオーストリア帝国の議事堂だけあり立派で、民主主義発祥のギリシャの建築様式を取り入れているのだそうだ。
リンクRingと呼ばれる環状大通りを少し行くと、内側の王宮庭園には白い大理石の大きなモーツァルト像が建っており、前の芝生には赤いベゴニアで描かれたト音記号が美しい。
外側にはマリアテレジア広場を挟んで自然史博物館と美術史美術館が同じ形の美しい姿を並べている。今回は美術史美術館のみに入った。内部の中央階段や天井画、大理石の床の模様なども豪華なものだ。たくさんの絵画の中ではブリューゲルの「雪中の狩人」「農民の婚礼」「バベルの塔」、ヴェラスケスのスペイン王女マルガリータ・テレサの肖像連作などがよく知られている。2階ホールのゴージャスなカフェ・ゲルストナーCafé Gerstnerにてコーヒーで一休みし、隣席の人と写真を撮りあった。
午後のウィーンの森半日観光の出発はアルベルティーナ美術館前からで、女性ガイドの館野さんと参加者7名が9人乗りのワンボックスカーで出かけた。ウィーンの森南コースは市内から小1時間で着き、最初に寄ったのはリヒテンシュタイン城で外観の見学のみ。
次は石材採掘跡の地底湖SEEGROTTEで、地下20米ぐらいで6千平米もあり透明度の高い神秘的な湖だ。暗闇の湖をボートで一周した。気温は9℃一定で湿度は97%もあるそうだ。ここにはナチスの戦闘機部品工場跡が残されている。
カフェタイムの後、シューベルトが「冬の旅」の「菩提樹」の曲を書いた宿の跡のホテルに寄り2代目の菩提樹と泉(手漕ぎの井戸)を見学した。最後は女子修道院マイヤーリングを見学して6時少し前に市内へ戻った。
ウィーンの森の想像したイメージはもっと木々が生い茂った深い森であったが、実際は箱根や軽井沢に近い印象だった。
夕食には早すぎたので王宮沿いにぶらぶら歩きヘラクレス像が4体も構えるミヒャエル門にさしかかった。ここも名所らしく観光のグループがいくつも見られた。
そこからグラーベン大通りの途中にブランドショップが並んだコールマルクト通りがあり、ショーウィンドウの写真が一番きれいに撮れるたそがれ時を迎えていた。
夕食はオペラ座近くの天満屋にしようと思っていたが少し遠いので近くにあったシーフード店NORDSEEに入って白身魚のグリルにマッシュルームソース、ポテト、白ワイン1/4ℓ。
E16.25の内ソービニオンブランのワインがE7で魚より高かったがベストチョイスだった。
食後はグラーベン通りやアンティーク通りなどをそぞろ歩き、ショーウィンドウやにぎやかなレストランのテラス席を写したりしながらシュテファン広場に行ってみると、大勢の人だかりの中で若者たちが片手倒立などのマッスル大道芸に興じていた。
本日の歩数:19146歩
10月8日(木)
午前中にザルツブルグに着きたいので6時前に起きた。朝食に行ったらまだ一組しかいなかった。7時にチェックアウトして地下鉄駅Rathausに向かう途中、正面から昇ったばかりの朝日がまぶしかった。途中Volkstheaterで乗り換え7時半にはウィーン西駅に着いた。
切符売り場を探しザルツブルグ行き2等片道を買った。(E47.5 317Km)
列車は6番ホーム8:20発ザルツブルグ経由ミュンヘン行きで暗赤色の機関車が牽引する。ECONOMY KLASSと書かれた2等車両はFIRSTより少なく混んでいた。隣席は日本人でフルートを持った女の子を連れた知り合いらしい男性で、レッスンの合間に今日はザルツブルグへの日帰り観光とのこと。
ハイスピード列車という車内放送があったがモニター表示では200Kmまでだった。
ザルツブルグへ近づくにつれて山と牧草地が混在するアルプスのような風景が多くなってきた。11時少し過ぎに到着した。西口駅前はバスの発着所や低層のオフィスビルが多い商業地域で観光地の雰囲気はまったくない。
ネットで予約したホテルLasserhofは駅の南側の線路をくぐった東口側にあり、歩いて行ける距離で外観からすぐにわかった。昼前でチェックインは出来ないので荷物を預け、市内観光地図を貰って新市街の中心にあるミラベル広場向かった。
そこのパノラマツアーの案内所で湖水地方のザルツカンマーグートSALZKAMMERGUTをめぐるツアーを申し込んだ。(E50)今日はまずまずの天気だが明日から悪くなるとの予報なので予定を早めて今日の午後行くことにした。
ミラベル広場では大規模なマーケットが開かれており、野菜、果物、パン屋、肉類、チーズ、お花、リース飾り、雑貨などを商う店やその場で食べられる料理を出す店などで中心にある教会の周りが埋め尽くされていた。
そこでグヤーシュというハンガリー料理が元でパプリカ味の肉、野菜たっぷりのスープを昼食にした。
マーケットは秋の味覚にあふれており、めずらしいキノコ類やカボチャ、動物の人形など見飽きることがない。客と売り手のやり取りも活気があって写真の好材料だ。
2時出発のツアーは「サウンドオブミュージックツアー」といい、物語に登場する土地や教会などを訪ねるもので参加者10人が大型バスで出かけた。ガイドはこちらに13年住んでいる高森さんという男性で、「ザルツブログ」を書いているとのこと。
フシュル城、サンクト・ギルヘン、湖上遊覧、サンクト・ヴォルフガング、モントゼーなどをめぐる4時間のツアーでは映画の場面と関連付けて説明してくれたが、私は見ていないのでなんとも。でも湖上から眺める景色はすばらしく、緑の牧草地、花に飾られた家々、教会、ホテルなど、絵のような、という表現がふさわしい。
サンクト・ギルゲンのモーツァルトハウスの前ではモーツァルト像の前にたむろする少年たちに撮ってくれよとせがまれた。モーツァルトの母と姉が住んでいた家が今は役場Rathausになっている。
6時近くにミラベル広場へ戻った。今日の明るい曇り空は写真撮影には最適だった。
ザルツブルグSALZBURGはその名の通り塩で栄えた都市なので、みやげに岩塩を買った。
夕食はホテル近くのビァレストランPitter Kellerへ入った。オーストリアではドイツの影響が大きいためかワインよりビールが多く飲まれるらしくビァレストランはよく見かける。小グラスビールに1/2フライドチキンとポテトサラダでE13.80 レモンが半個ついておりさっぱりとした味で、酸味が少々強いポテトサラダとともにこれがオーストリアの味か、と思いながら食べた。本日の歩数:18696歩
10月9日(金)
3日間かなり歩いたので今朝はゆっくりすることにした。でも昨夜は9時過ぎには寝てしまったので7時にセットした目覚ましは必要なかった。
7時半に食堂へ行っても早いせいかまだ客は少なかった。ビュッフェスタイルの朝食はウィーンと同じほどの品々が揃っており十分満足できた。特に果実の絵が描かれた容器に入った6種類のジャムは気に入った。
初めて絵葉書を書いた。切手はウィーンで買っておいたので出かけるときにポストを探しミラベル公園近くで投函した。ホテルの出がけにフロントで乗り物や名所の入場が出来るザルツブルグカード48hr E32を買った。大変便利でお得なカードだった。
ミラベル公園の庭では赤いベゴニアで描かれたあざやかな模様が印象的で、遠くにお城を望む構図はガイドブックの「るるぶ ウィーン・・」の表紙そのものだ。
公園を出てすぐ近くのマルカスト広場に面したモーツァルトハウスを見学した。ここは二度目に住んだ家で、オーディオガイドで曲の演奏も聴けてすごくよかった。聴いたことのない多くの作品が紹介されて、あらためてモーツァルト好きが高じてしまった。
次にバスも通る大きな橋(ザルツァッハ川に架かるシュターツ橋)を渡り旧市街へ向かった。市街へ入ったとたん、狭い道の両側にびっしり立ち並んだ家並みは5,6階建てぐらいで、想像していたのとは大きく異なり見渡しが効かない迷路のようだった。
モーツァルト広場を横切り、歴代大司教の宮殿であるレジデンツを外から、大聖堂のドームには中へは入って見学した。数々の絵がちり嵌められた天蓋は実に見ごたえがあり、立派なパイプオルガンは見るだけではもったいない。このオルガンはヨーロッパでも最大規模でモーツァルトも1779年から奏者を務めたそうだ。
レジデンツ広場から南に見える小高い山の上にあるホーエンザルツブルグ城へ行くことにした。まずケーブルカーで登り、城塞の外周に着くと、そこからザルツブルグ市全体が見渡せる絶景に出会うことが出来る。
城のミュージアムでは築城の様子や武器の類、城での生活の様子、楽器などいろいろあって書ききれないが、いずれも面白かった。城の中庭で会った花嫁さんやお茶目な男の子など写真を撮らせてもらった。
見学途中で昼食代わりに持ち合わせのスナック菓子しか食べていなかったので、城を下りてガイドブックで探した有名なカフェ・トマッセリCafé Tomaselliへ入った。コーヒーをと言っていろいろ種類があって迷っているとウェイターが行ってしまい、再度来たときにブラックティー(紅茶)を注文するとChanged your mind?と怪訝な顔をするから、そーだよ、コーヒーは選ぶのが難しいからと笑いながら言ってやった。
有名なケーキはウェイトレスがトレイに載せてきたのを選び会計も別々だった。いくつもの層の間にフルーツが入った食べ応えがありおいしいケーキだった。
一息入れたので旧市街の中心部にあるモーツァルトの生家Mozarts Geburtshausへ行ってみた。外観の黄色い壁はよく手入れされた感じで、内部には幼いころのヴァイオリンや鍵盤楽器、楽譜、肖像画、書簡などが多数展示されている。
街一番の繁華街のゲトライデ小路Getreidegasseには店のシンボルを表現した鉄細工の看板がたくさんあり、絵になる風景だ。写真の題材として格好の被写体である。
5時を過ぎてこの後どうしようかと考えながらぶらついていると、同じ場所を堂々巡りしてしまい我ながらいやになってしまった。昨日のガイドが推奨していたザッハーホテルHotel Sacher Salzburgのレストランに行くことにした。
Salzach Grillでウィンナーシュニツェルと赤ワイン。薄い牛肉のパン粉をつけたカツではなく天ぷらのような衣をつけて揚げたもので、色はキツネ色ですごくおいしかった。支払いのとき請求書が挟まれた折片紙に店名、メニュー、日付などを書いてサインしてもらった。
ホテルにはピアノバーがあると書いてあったので行ってみた。そこでゆっくりとピアノを聴きながらバランタインのロック。宿泊のホテルは一泊E59の三ツ星だがザッハーホテルでの食事やバーの雰囲気はなんと贅沢な気分になれるのだろう。(食事とバー合わせてE55)
隣の席の子連れの夫婦が「どこの国から来たの?」と声をかけてくれたので話が始まり、彼らは奥さんがドイツ人で旦那はユーゴスラビア人。12,3歳のはにかみ娘だった。
トイレから戻ってくるとピアノ演奏がまた始まっており2杯目のスコッチを注文した。
今夜はまさに至福のとき。音楽好きの連れがいればとの願望は贅沢すぎるというもの。
歩いて帰るころにはしっとりと小雨が降り始めていた。楽しい一日を無事にホテルに戻れて感謝〃〃 。これだから一人旅はやめられない。 本日の歩数:13905歩
10月10日(土)
夜間に少しではあるが降っていたので天気が気になったが朝にはやんでいた。旧市街の主要なところは昨日見て回ったのであまり急ぐ必要もなく、ゆっくり朝食をとった。
今日はバスに乗ってみることにして、フロントで地図にあるバス停の○印とバスの進行方向を確かめた。ザルツブルグ議会の前で乗り、橋を渡ってモーツァルト広場で降りた。
まだ10時前なので観光客は少なく、とりあえず広場に面したインフォメーションiで明日の列車の時刻表をもらい、すぐ前のザルツブルグミュージアムを見学した。古代遺跡の発掘品や音楽関係の展示、地下の絵画などを見たがあまり印象は強くなかった。
その後セントピーター寺院の教会コンサートのチケットを買いに行ったが、寺院では売っておらず結局i内のチケットサービスで手に入れた。(E18)
モーツァルト広場では高校生のバンドの演奏が始まり大勢の見物客が取り囲んで聴き入った。広場近くのMOZARTというカフェでツナ入りのスパゲティーを食べたが塩味がかなりきつかった。このころから薄日がさしてきた。コップの水がご馳走だった。
旧市街を東に向かい祝祭劇場東端のカラヤン広場前から22番バスで郊外まで行ってみた。住宅街からすぐに田園地帯に出てしまい町が大きくないのがわかった。25分ぐらい西に走ると遠くに城塞がよく見えた。終点でしばらく停車したあと元の停留所Karajan-Platzまで戻り、マカルト小橋たもとにある遊覧船の発着所に行き16時発のチケットを買った。
乗船まで1時間以上あるのでいったんホテルへ戻る途中、橋の上でカモメにパンを投げ与えキャッチするところを写して遊んだ。実に上手に捕るものだと感心した。
ミラベル公園横のフュルストFurstでおみやげのモーツァルト・クーゲル(球形のチョコレート菓子)を買った。ザルツブルグでしか買えないと8日のガイドに言われていた。
16時に曇り空の下で出発した遊覧船は満席だった。350馬力のエンジン搭載とアナウンスしていたが、スクリューではなくジェット噴流で推進力を得る形式のためと後方デッキにいたのでやけに音がうるさかった。船上からも城塞がよく見え、やはりザルツブルグのシンボルなのだと感じた。
7時からのセントピーター寺院でのモーツァルトコンサートは半地下にあるロマネスクホールというそれ程大きくないホールなので身近で聴けて大変よかった。50人ほどの聴衆は私を含め殆どが年配の人で「年金コンサート」のようだった。ピアニストはナターシャ・ルバネンコというロシア人で曲目はソナタKV570とKV331の2曲。後の曲は最終楽章が「トルコ行進曲」として有名な曲だ。 本日の歩数:16638歩
10月11日(日)
明け方音を立てて雨が降っていたので今日は一日だめかという気がして少々気が重い。
でも8:08の列車でウィーンに戻るのでしっかりと朝食を食べて支度をした。
7時半にチェックアウトして外に出てみると小雨。傘を広げてキャスターケースを押しながら駅に向かった。切符売り場は臨時のプレファブの建物内でそこには大きなロッカールームがあった。出発は「8:08ウィーン西駅 4番線」の表示で確認した。
車内はガラガラでテーブルのある4人席を最初一人で使った。車内で大いびきをかいて寝ている人がいて、周りの人と顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。
座席のあちこちに赤いパンフレットが置いてあるので中を見ると、この列車の終点までの停車駅と時刻、駅ごとの接続列車の時刻などが詳細に記載された時刻表で、終点のウィーン西駅からの空港バスの時刻まで載っている。なんと親切で実用的なのかと感心した。
9時半にリンツ(オーストリアで人口が第二の都市)に着くと一人でいた席に3人家族が着いた。ウィーン大学の学生であるという娘と父親の写真を撮らせてと頼んだら、娘は「オーストリアのファミリーとして撮って」と言うのに父親は照れて目を閉じてしまった。
撮れたのはほのぼのとしたファミリー写真だ。置き場に困った父親の右手が・・・。
列車は定刻に着き、ウィーン西駅からホテルのあるPilgramgasseまでは地下鉄で4駅と近い。駅の目の前が今日の4つ星ホテルANANAS。昼前であったがすぐにチェックインできた。豪華さはないが部屋の広さもゆったりとして十分。なによりバスタブがあるのが気に入った。一週間湯舟につかっていないのでゆったり入って疲れを取りたいと思っていた。
ウィーンに着いたときには雨はすっかり上がり薄日が差していたので、一休みしてから本日の目的地のベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットへ向けて出発した。市の中心から5Kmほど北にありベートーヴェンハウスと小川に沿ったベートーヴェンの散歩道がある。
ガイドブックの地図を見ながらベートーヴェンハウスを探した。地元の婦人にたずねると親切に教えてくれた。十字路にある教会が目印で、ベートーヴェンの夏の家(外観のみ)と難聴に苦しみ兄弟宛の遺書を書いた「ハイリゲンシュタットの遺書の家」を見学した。こじんまりした家でザルツブルグやウィーンのモーツァルトハウスと比べると質素な感じだった。でもデスマスクや遺髪などを見ると真に迫るものがある。
そのあと落ち葉を踏みしめながら英雄通りEroicagasseを通って「田園」の曲を構想したといわれるベートーヴェンの散歩道Beethovengangを歩いた。水の流れは幅50cmぐらいでほんとうに小川だ。周辺は秋の落葉で彩られて、のどかだがちょっとうら寂しさが漂っている。新緑のころはまた異なっているのだろう。交響曲第6番「田園」は多分春から初夏にかけて書かれたものだろうかと考えた。小鳥のさえずりや雷など生き生きした感じがするので。
西のほうへ更に行くと上り坂となり、小高くなった丘陵地帯にブドウ畑が広がっていた。
住宅街に戻るとさまざまな色合いの美しい家が並んでおり、ウィーンの住宅建築の展示場を見ているようで、しかも自然とよく調和している。
ヤリスYaris(トヨタヴィッツの欧州生産車)の手入れをしている女性がいたので、ヤリスですねと声をかけると、「この車5年前に買ったけれどすごく気に入っているのよ」と笑顔で答えていた。ワイパーに積もった黄葉が季節感をかもし出していてよかった。
だいぶ歩いて疲れたので、車が通れない小道を通って市電の終点グリンツィングGrinzingまで歩き、駅前のカフェPUCCO’Sに入って紅茶とケーキで一休みした。
帰りは市電38番に乗ってKarlsplatzまで戻り夕暮れ時のオペラ座や周辺の景色を写した。
夕食は初めて日本食をと思って天満屋へ行った。てんぷらメニュー(刺身、ひじきの煮つけ、たっぷりのてんぷら、ご飯に味噌汁)とキリン生ビール、グラス白ワイン(E40)
8時ごろホテルに戻り、フロントで変圧器を借りた。携帯に充電しないとメール写真が写せなくて困っていたところだった。四ツ星ホテルのありがたさだ。本日の歩数:18136歩
10月12日(月)
ウィーン最後の日は雨で始まった。テレビの気象予報では曇りで気温は12℃。小雨の中をベルヴェデーレ宮殿美術館のクリムトの絵を目当てに出かけた。最寄の駅から10分もあるが仕方がない。
途中で同じ宮殿に向かうオーストラリアから来た老夫婦と一緒になった。It’s a long wayと同じように感じていたようだ。宮殿は左右対称の立派なもので、緑青色の屋根が美しい。展示は3フロアあり、目当てのクリムトは2階で、有名な「接吻」以外にも風景画なども含め多くの作品があった。
「接吻」は1908年作で国立美術館に即買い上げられたそうだ。日本語のオーディオガイド付きなので他のオーストリアにかかわりの深い画家や宗教画などもある程度理解できた。
北側には広々とした庭園があり、ベージュと茶の二色の砕石と芝生や植木で描かれた美しい模様がどっしりとした石造りの宮殿を優美に見せている。芝生を嘴でほじくり返すカラスは小柄だが悪質に見えた。庭園北側にあるバロック美術館は素通りしてベージュと茶の2色の壁が美しい楽友協会の横を通って繁華街へ出た。途中グランドホテルの中をのぞいたら地下に野菜、果物、肉、パンなど豊富に並べたデパ地下ならぬホテ地下が見えた。
昼食は天満屋となりのMAMA’S KITCHENというウィーン料理の店に入った。見て、中身を聞いてたのんだのは、パンと卵などを混ぜた大きなパン団子(クヌ-デル)をスープで茹でたものを、肉と野菜の煮込みと一緒に食べるもの。
一緒に食べると塩味がちょうどよい。煮込みは酸味が効いてシチューとは違った味だ。食後はケルントナー通りをぶらつきながらおみやげのモーツァルト・チョコレートや民芸品などを買った。
夜のコンサートに備えてひとまずホテルへ戻り、ほかに客のいない一階のカフェで紅茶を飲みながら日記を書いている。ガラス天井からのやわらかい光が気分をほぐしてくれる。
楽友協会はKarlsplatz駅からすぐで7時半にはついた。ロビー横のクロークにコートを預け、バウチャーと引き換えにチケットを受け取った。ミキトラベルへ行って購入したのはE54の席だが、受け取ったのはE79の前から6列目のよい席だった。
本日のプログラムをE5で購入。7:40にブザーが鳴って入場開始。この楽友協会大ホールは毎年ニューイヤーコンサートが行われ超有名なだけあって、開始前の記念撮影で舞台の前は混雑した。
ウィーンモーツァルトオーケストラによる演奏のプログラムは前半が交響曲35番、94番、ドンジョバンニ、フルートとハープのための協奏曲など、後半はフィガロの結婚、アイネクライネ・・・など。いろいろな種類の音楽が聴けてすごくよかった。オペラなどふだん聴く機会は無いので。アンコールも大サービスで、フィナーレは新年と同じラデツキー行進曲で聴衆も手拍子で歓喜に酔いしれた。
ホテルに戻ってから1階のバーでワインを飲んだ。旅行の最後の夜のすばらしいコンサートの後なので、ほっとした安堵感と疲れが入り混じり、いい気分でこの旅行を思い返した。
本日の歩数:約16000歩(13日空港で20826歩)
10月13日(火)
昨日の天気とはうって変わり朝から快晴だった。テレビの気象番組によると朝6時の気温は6℃で日中の最高気温が8℃とのこと。8時にはすべての帰り支度が整い空港に向かうには1時間早すぎるのでホテルの近辺に出かけてみた。
外は風がすごく強く、すぐにコートの襟を立てた。日が昇って間もないので、通りの一部や高い建物の上部だけがまぶしいほどの陽を浴びて輝いている。すぐ近くの教会の白い塔が真っ青な空にそびえていた。
このあたりでは通勤や通学、買い物などごく普通の生活が見られ、繁華街とはまったく異なる雰囲気が興味深い。交差点の近くにCAFE KONDITOREIというカフェがあったので朝食に入った。
(ANANASの朝食はオプション)メニュー看板でEgg Breakfastを注文すると、オレンジジュースのあとしばらくして出来立てのゆで卵、あたたかいパン、クリームでハートの模様を描いたウィンナコーヒーが運ばれてきた。
年配のマエストロはカフェ店主らしく気の利いたサービスをしてくれた。ホテルのビュッフェ朝食ではこういうことはない。ホテルの裏側へ回ると地下鉄駅PILGRAM GASSEの昔ながらの年代を感じさせる立派な出入り口があり、朝の通勤客が急いでいた。
9時過ぎにチェックアウトを済ませ、中央駅からは9:40発の空港ライナー16分で着いた。
帰国便 ウィーン発アエロフロート・ロシア航空SU262便 12:00発 エアバスA319 モスクワにてSU575便 エアバスA330に乗り換えモスクワ19:20発 成田着10:00
モスクワではお目当てのマトリョーシカ(木製重ね人形)を7体重ねと5体重ねの2個買った。
モスクワを出発するとき時差を1時間間違えて危うい思いをした。乗り継ぎ便での一人旅ではくれぐれも注意が必要だと思った。成田到着は予定より少し早く9:23に無事着陸した。
◇ 今回の旅行記はこれで終わります。ウィーンとザルツブルグの二都市での連泊のため移動の疲れは少ない代わり歩いた距離は約80Km(13万歩)に達しました。
◇ 天候はおおむね良好で傘をさして観光することはありませんでした。気温は6日午後の28℃から13日朝の6℃まで変化は大きかったですが湿度は低いので不快なことはありませんでした。晴れたのは3日間だけで、あとは曇りや薄日が差す天気で、写真撮影にはコントラストが強すぎずかえってよかったと思いました。
◇ この旅行記は撮影した写真の解説書も意図していますので駅や通りや店の名称など原語も併記したところがあります。
◇写真機材 カメラCANON EOS40D EF-S 17-85 IS USM
Nikon COOL-PIX 5400(楽友協会ホールの写真)
◇費用精算 航空券(諸税、手数料含む) \75410
ホテル(3箇所 8泊) \76380
交通費(ザルツブルグ往復含む) \25270
オプショナル半日ツアー、コンサート各2回 \24120
入場料、食事、カフェ、バー \43310
おみやげ \27250
モスクワでのおみやげ、飲食 \20290
合計 292030円
為替レート 1E=134円 1ルーブル=3.1円
写真は元画像に拡大して御覧ください。 次の画像へ>>
日付毎に編集した①~⑦の写真総数は280枚あります。
編集・公開 2010.5 yamada423
写真増補改訂 2010.9.1(72枚)
2010/09/01 12:09:03
インドコルカタの中心地にある最高級ホテルです。
街の中心部にあるために何をするにもとても便利な場所です。
コルカタのホテルとは思えない金額ですがインドでは珍しく非常にホスピタリティー溢れた良いホテルです。
従業員の対応は良く愛嬌があります。
只、お部屋はかなり年季が入っていて使いにくい部分やカビ臭い部分また汚れが目立つところが多いです。
インターネットはそこそこの速度で問題ありませんでした。
ホテルの評価としては全体的に平均点以上はキープしています。
コルカタの中心地オフィス街へも徒歩でアクセス可能です。
部屋だけでいえばコルカタ郊外のハイアットリージェンシーをお薦めしますが渋滞もあり快適な車の手配(コルカタのタクシーはエアコンも無くボロイ)が無いのであれば市内での滞在はこちらのホテルを強くお薦めします。
ハイアットは部屋・従業員とも素晴らしいですが街中から遠すぎます。
尚、空港からのタクシー移動が厳しい人にはリムジンサービスをお薦めします。
リムジン単体ではかなりの料金を請求されますので初めから空港往復分のリムジン料金が入っているスイートパッケージを選択するのがベストだと思います。
このホテルの周りにはおいしいインド料理屋さんや中華料理屋さんがあるので食事には困りません。
尚、ホテルのタイ料理はタイ人の女シェフが料理していますが味は今一つです。
2010/08/30 12:08:56
<2005年6月21日(火)>
搭乗率が10%程度でしたから、全員が3人分、または2人分の座席を使って横になることができました。ニュージーランドの近くで少し気流が悪い地域もありましたが、大した揺れではありませんでした。
ひと寝入りしたところで明かりが点きました。少し早い時間の朝食でした。窓の外はまだ暗闇でした。ニュージーランドのオークランドまでは、あと少しのところまでフライトしてきました。
<ニュージーランド到着、ホテルへ>
空港へ着陸した時刻は、機内のテレビ画面とアナウンスでは7時42分でした。日本を飛び立ったのが前日の夜18時30分でしたから、時差の3時間を差し引くと、約10時間でした。入国した後に見た電光掲示板には、7時45分到着と表示されていました。この時間の差は、着地した時間と、タラップが準備された時間との違いでしょうか?詳しいことは調べたことがありません。
入国審査は少し列が出来ましたが、さほど時間はかかりませんでした。にこやかに対応してくれて、細かな質問もありませんでした。最初に両替の銀行を探しましたが、直ぐに見付かりました。この日のレートは一ドル82.48円、手数料として5ドル差し引かれましたから、4万円を両替して、479ドル97セントになりました。
旅行前に買ったガイドブックには2004年8月のレートとして、約72円と記載してありましたから、この時と比べると、1年で約15%の円安と言うことになります。米ドルに対してそんなに円安にはなっていませんから、ニュージーランド・ドルの方が高くなったのかも知れません。両替する金額から見ると、たいしたことではないかも知れません。
一行を迎えてくれたのは、現地ガイドの伊藤さんとアシスタントのガイドさんと運転手さんの3人でした。アシスタントの女性の方は、伊藤さんよりご年配の方でしたが、研修中とのことでした。伊藤さんのお年は聞きませんでしたが、24、5歳と言った感じでした。仕事を始められて、間が無いお年のようです。しかし、始終、笑顔を浮かべて、余裕のある対応でした。伊藤さんは、帰国の時も迎えに来ていただいて、ご一緒しました。
<ニュージーランドの車と住宅事情>
伊藤さんが車の中で話してくれたニュージーランドの車事情です。国内線さんはしてなく、全て輸入に頼っているとのことでした。日本からは中古車が輸入されてきましたが、最近法律が改正されて、規制が厳しくなったようです。今は、1997年以前の製造のものは輸入禁止されているようです。この年限は、製造からの経過年で規制され、毎年変更されるのかも知れません。故障車が道路渋滞の原因になっているようです。以下に、お聞きした内容を箇条書きで紹介しておきます。
?車検は、製造後6年以内は1年に1回、それ以上を経過すると半年に1回となる。
?車検費用は50~60ドル程度。(4万~5万円)
?住宅は永住の考え方は無い。適用なスパンで買い換えるのが一般的。子供が独立すれば、また小さな家を探したりする。
?住んだ住宅が、少しでも売れるよう、家族総出で、ペンキ塗りをしたりする。
?オープンハウスがよくオークションに出されるが、ほとんどが中古住宅。玄関脇に立て看板で表示してある。
?オークランドの戸建住宅の価格は3千万円程度。
?30歳代でも、住宅取得の意識が強い。
?都心部は2階建て、郊外では平屋が多い。
?個人所有の樹木でも6mを超えたものの伐採は、法律で禁止されている。違反した場合は、5千ドルの罰金のほか、伐採した跡に同じ樹種の木を植える義務が課せられる。
伊藤さんに
「6mの高さにならないよう伐採したり、剪定するのは規制されていませんか?」
と質問したところ、
「その規制はありません」
との答えが返ってきました。性善説に立った規制かも知れません。性悪説に従えば、規制を受けないように、個人宅では6m以下の樹ばかりになって仕舞います。
ホテルは数箇所を回るようでした。私が2番目に降ろしてもらいました。スカイタワーホテルとスカイタワー・グランドホテルと2つあり、運転手さんが間違えてスカイタワーホテルの前に停めましたが、道路を挟んだ直ぐ近くということで、歩いてグランドホテルの方に移動しました。ホテルのロビーでは、既に別のガイドさんが待機してくれていました。ここで、伊藤さんとはお別れしました。
<オプショナルツアーの申込み>
スカイタワー・グランドホテルに泊るのは、今回のメンバーでは私一人でした。旅行代金を計算してもらった時に、一人部屋追加代金が4万8千円でしたから、少し高いように感じていました。しかし、投宿してみて、止むを得ない値段と思い直しました。部屋の広さ、設備面を見ても、1泊2万円はするホテルと見受けました。何より都市中心部で便利な場所に立地しています。
ホテルで待機してくれていたガイドさんは若い男性の方でした。この方とはロビーで打合せをしました。こちらからの用事はワイトモの土蛍見学のツアー申し込み、先方からは22日のヨットクルージングと帰国日の時間確認でした。
実は、この日のスケジュールにキーウィ・キャンペーンとして「オークランド・ウォーキングツアー」が組み込まれていました。HISの現地事務所に集合して市内散策、免税店での解散の2時間コースです。日本で貰ったパンフレットには、この分だけ英文で書いてありましたから、単なる宣伝キャンペーンと思って読み飛ばしていました。
ところが、これもHISさんの正式イベントのようでした。「日本では、聞いていませんでしたよ」と言って断っていましたが、ガイドさんがもう一度ホテルにやって来て、「実はこの部分に、英語でミニツアーが記載してありました。キャンセルの意思表示にサインを下さい」と言って事務所から用紙を持ってやって来ました。
後でお聞きした話しですが、このツアーに参加されたのは2、3人だけだったらしく、酷い雨と風で大変だったようです。サインをする煩わしさはありましたが、キャンセルは大正解でした。
ところで、肝心のワイトモ土蛍見学ツアーですが、いくつかのコースがありましたが、ワイトモとロトレアをマイクロバスで回るツアーにしました。値段は高いのですが、人数が6名以内と限られ、ランチもちゃんとしたレストランが用意されているからでした。これなら美味しい料理と、ワインも選択できそうです。
ただし、朝早く出発し、帰着は夜の8時頃になる13時間のコースでした。空港で4万円を両替していましたので、これで間に合いました。料金は275ドルでした。日本円に換算すると2万3千円ほどでしたが、円での支払いは出来ませんでした。
HISさんからのプレゼントもありました。これも旅行計画書にハッピィチョイスと記載してあったようです。キーウィワインのフルボトルを選択しました。
<アーリータイムチェックイン、ホテルの部屋>
1泊1万4千円の追加料金でしたから、少し詳しく設備面を紹介しておきます。何よりアーリーチェックインが出来たのがありがたいことでした。ホテルへ到着したのは、まだ9時前でしたから、通常は午後の3時頃までは荷物を預かってもらうだけです。
最初にセキュリティ面です。部屋のカードキーとエレベータのキーとが共通になっています。エレベータに乗って、このカードを差し込んでから行き先の階のボタンを押さないと、共用階で止まってしまい、それ以上のホテル会まで行くことはできません。そのカードも2枚ありましたから、誤ってキーロックしてしまう心配も、まずありません。
次に部屋からの眺めです。オークランド市内の半分近くが見渡せるような素晴しい場所でした。泊まった部屋が20階でしたから、スカイタワー以外に視界をさえぎる高い建物はありませんでした。そのタワー自体が視界をさえぎると言うより、最上部まで見上げることが出来ました。昼間の景色もハーバーブリッジなどが遠望でき、殊に夜景が綺麗でした。
次に設備面です。バスタブは十分にお湯を貯めることができる深さがありましたし、これとは別にシャワー部屋もありました。シャワーの受け金具がスライド式で、自由に上下できるのも便利でした。シャンプー、ボディーソープなども綺麗な箱入りで一式用意してありました。
そのほかにミニバーには各種の飲物、おつまみが用意されていました。こちらは近くのコンビニを利用しましたので、縁がありませんでした。冷蔵庫代わりに使用しただけです。クロークにはアイロン、アイロン台なども仕舞ってありました。これも、洗濯をした時には随分と便利なグッズです。ただし、今回は4泊でしたから、自然乾燥だけでお世話になることはありませんでした。
最後に、プレゼントの果物が用意されていたのも感激でした。ミニバーを使ってくださいとのメッセージが目的だったようですが、その期待には応えることができませんでした。
<昼食の店探し>
昼食のために一寸外出しただけでも、昼頃は、雨と風で大変でした。ウォーキングツアーに参加しなくて良かったと、改めて思いました。ホテルから少し坂を下った場所に、一番飲食店が密集しているようでした。一通り回って、メニューなどを確認しました。
結局、入ったのは、韓国風のバイキングの店でした。焼肉、貝料理、サラダとかなりの数の品が揃えてありました。一寸心配だったのは、私のほかに客が入っていなかったことです。50人以上は座れる、ビルの2階のお店でした。明洞(ミョンドン)等の文字も看板にありました。ソウルで一番の繁華街です。
値段も確かめずに入りましたが、バイキング方式の食べ放題で飲物別の15ドルでした。「自家版グルメ旅行」ですから、食べ物、飲物をケチケチすることは出来ません。焼肉の酒類も牛、豚、鳥、をあわせると数十種類揃えてありました。これも少量づつ5、6種類食べました。タレも各種用意してありました。肉はテーブル席で焼くことが出来ましたし、エゴマ、サンチュなどの野菜もふんだんに用意してありました。韓国の方崖永しているお店のようで、本格的な韓国料理のお店でした。
本当はワインといきたい所ですが、お店を見渡して、置いてあった酒類の中から、百歳酒を選びました。日本酒と余りアルコール度数の違わない韓国のお酒です。ムール貝の料理も何種類かありましたので、しっかりと食べました。
このムール貝ですが、貝の表を見ると緑色を基調と下に地色をしています。昨年11月の台北旅行の際に、淡水で見た孔雀蛤と同じ貝のようでした。HISの現地ガイドさんはニュージーランドだけの特産品と説明されていましたが、もう少し生息範囲が広いのかも知れません。そんなことはさておいて、この大型のムール貝、大変に美味です。次は白ワインとの組み合わせで食べてみたいと、この時思いました。
少し贅沢なランチでしたが、締めて25ドル、約2千円でした。少し食べ過ぎましたので、もう一度ホテルへ戻って小休止することにしました。雨は少し弱くなりましたが、まだ降り続いていました。
<キーウィワインで夜景を>
昼食から戻った後、予想以上に良かったホテルでしたから、テレビを見たり、窓の外の景色を眺めながら午後のひと時を過ごしました。HISさんから貰ったキーウィワインが、そのお友達でした。私の旅の戦友、オールドパーには少しお休みしていただきました。
旅行の時には、必ず部屋のテレビ画面をデジカメで撮ることにしています。その国の特徴や、日本との違いなども分かりやすく見えるためです。ニュージーランドに関して言えば、スポーツが好きな国だということが良く分かりました。
まず、ラグビーです。ニュージーランド代表チームのオールブラックスが有名ですが、今はライオンズとか言う名前のチームが殴りこみに来ているようです。大いに盛り上がっていました。
ライオンズの正式名称は「ブリティッシュ&アイリッシュライオンズ」と言い、4つのホームユニオン(イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズの4協会)が編成する代表チームです。その歴史は1888年にオーストラリアへ遠征した英国チームから始まり、1971~83年までは3年おきに、そして1989年以降は4年おきに編成されています。
ライオンズは、ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアの順に遠征しています。今回は1993年以来12年ぶりにニュージーランドへの遠征となります。前回の1993年の遠征時の成績は、オールブラックスの2勝1敗でした。その成績は次の通りです。
*6月12日 ライオンズ ●18-20○ オールブラックス
*6月26日 ライオンズ ○20- 7● オールブラックス
*7月03日 ライオンズ ●13-30○ オールブラックス
次は競馬です。機種が鞍の上に跨るのではなく、馬に引かせた二輪車に乗って鞭を入れます。映画ベンハーで見るような、ローマ帝国時代を連想させます。前後の足の間は一定の長さの紐で結ばれています。駆けるというより早足競争です。馬の競歩を見ているようで、中々優雅で楽しいものです。スターと良く先頭に立って、一番内側のコースを走ると、後続の馬は、中々抜き去ることが難しいようです。
バスケットも盛んなようですが、女子のバスケットはドリブル禁止です。どうやらバスケットという種目ではなく、別の呼び方をするスポーツ競技のようです。これらのスポーツ番組が繰り返し流されていました。
日本のテレビ番組との違いは、料理番組、その国の歴史ドラマ、子供向け番組、クイズ番組等を見かけなかったことです。これらの番組はお隣の韓国、中国、台湾等で必ず放送されていましたし、ヨーロッパの国でも同じでした。
中国語、韓国語、日本語放送のチャンネルもありましたが、こちらは有料でした。一定時間を過ぎると、有料放送への同意の確認入力をしないと、放送が見えなくなる仕組みでした。日本語放送は、少し時間遅れのNHKの録画放送でした。
<夜のホテル界隈散策>
テレビを見ながらキーウィワインを飲んでいましたら、次第と窓の外が夜景に変わってきました。雨も止んできましたので、散策を兼ねて夕食に外出しました。キーウィワインはニュージーランドの名産のようです。フルーティですが、魚介類の料理に合わせるには少し甘過ぎます。デザートワイン代わりに飲むのが適当なようです。
部屋から見たスカイタワーはライトアップされていましたが、下から見上げるライトアップも随分と綺麗でした。とにかく、オークランド市内のどこからでも眺望できます。この後も、泊まったホテルの目印としても大いに役立ちました。
少し坂を下りたところには、広場に2本の鉄骨を組んだバンジージャンプのセットがありました。これは椅子に座って飛び上がるタイプのものです。悲鳴を上げている女性の方がいました。かなり複雑な回転と上下動を繰り返します。飛び上がるときには退場の5倍の加重である5Gくらいの加速度がかかるようです。
散策は、少し東方面にも足を伸ばしました。アオテアスクエアと呼ばれる地区です。映画館や劇場があり、若い人たちのナイトスポットにもなっているようでした。
<夕食の店>
夕食の店はニッコーという名のお寿司屋さんにしました。昼に来た韓国料理店の向にありました。大分あちこちの店回った後でした。この店にしたのは偶然でした。白ワインと地元で採れた魚介類の料理を合わせるのがテーマでしたから、選んだ店です。
お寿司は日本料理ですが、お店のスタッフは韓国のご出身の方たちでした。お客では、韓国の方と欧米の旅行客が多かったようです。メニューは英文表示でした。
後でお聞きしたお名前ですが、店長は厳(オム)さん、注文を取ってくれたのは張(チョウ)さんでした。店長は日本語が得意で、ミス・チョウさんは英語が得意でした。
最初の日はスモールサイズの刺身、蒸しムール貝とスモールサイズの握りと、ワインはソ-ビニョンブランのフルボトルを注文しました。この店は気に入りましたので、毎日通いました。ネタも良かったのですが、白ワインは料理によく合いました。
ホテルの部屋で
カーテンを開てワインを窓際にグラス傾け時は過行く
ニュージーランド雑感
工業を好まぬ国の経済は苦しけれども清けき自然
女王は君臨すれど統治せずマオリの長と仲の善き友
アメリカズカップに寄せて
海の民帆を操りし伝統の業は開花す銀のカップに
潮目識り風識り海を疾駆する海の誇りは絶えることなし
2010/08/29 07:08:35
シュノーケリングが趣味な我が家。
2010夏休みは沖縄県ケラマ諸島の渡嘉敷島へ
ケラマブルーの海に魅せられて3度目の来島です(⌒0⌒ゞ
2010/08/28 09:08:01
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