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比叡山延暦寺は京都市と滋賀県大津市にまたがる天台宗総本山である。延暦7年(788年)に最澄(767年~822年)が一乗止観院という草庵を建てたのが始まりである。大津市坂本は門前町で本坊の滋賀院や天台宗総庁などがある。
比叡山の山内は「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」と呼ばれる3つの区域に分かれている。横川は西塔から北へ4キロほど離れたところにあるのでここまで参拝しに来る人は少ないかも知れない。したがって、横川をよかわと読める人も少ないであろう。
最澄の開創以来、高野山金剛峯寺とならんで平安仏教の中心であった。延暦寺は、円仁、円珍(天台宗)、良忍(融通念仏宗の開祖)、法然(浄土宗の開祖)、親鸞(浄土真宗の開祖)、栄西(臨済宗の開祖)、道元(曹洞宗の開祖)、日蓮(日蓮宗の開祖)などの数々の名僧を輩出してきている。
延暦寺には平安時代頃から僧兵がおり、次第に武力強化されてきた。室町時代六代将軍の足利義教(よしのり)は、天台座主から還俗し、将軍就任後は比叡山と対立し、その際に、根本中堂の他にも円珍以来の本尊もほぼ焼失している。戦国時代に入ってからも、明応8年(1499年)に管領細川政元が、延暦寺を攻めたため、再び根本中堂は灰燼に帰した。更に、良く知られているように、元亀2年(1571年)、延暦寺は織田信長により焼き討ちされた歴史がある。信長の死後、豊臣秀吉や徳川家康らによって各僧坊は再建された。根本中堂は三代将軍徳川家光が再建している。今見られる伽藍は桃山時代以降のものである。
平成6年(1994年)、延暦寺は「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。
比叡山の夕焼けは素晴しく綺麗であった。下りのロープウェイは消灯して夕焼けを見ながらの運行となった。こうした気配りが京都観光なのだろう。
(表紙写真は法華堂(にない堂))
2010/09/10 10:09:18
■猛暑の中で()´д`();;アツ~イ 観光!
~福井・能登・富山・飛騨高山・松本・滋賀・京都の旅~
まだまだ暑い日が続いております。4トラの皆様、旅行中の熱中症対策・水分補給などだいじょうぶですか?くれぐれもご無理なさらず旅をお続けください。
とかなんとか言って、わたくしこと‘アホ Godzilla’は広島から飛騨高山・松本まで1900kmのロングラン、この猛暑の中でセッセと()´д`();;アツ~い暑~い観光!をしてきましたあー。 b(`o´;)d∥/ウッシ!
さて、福井・能登半島・富山・飛騨高山・松本・滋賀・京都方面をぐるっと巡行してきましたので、今回の旅行記から訪問地別にアップしていきます。多忙な毎日~へ~;)やっとブログに執りかかれます。
いつ完成することやら…。^^;)Mecha GodzillaⅡ&703
【旅程】
細かそうですが、いつも出たとこ勝負の車旅なのです。
★1日目
広島市自宅→山陽自動車道→舞鶴若狭自動車道→R27号線→北陸自動車道→福井県福井市(泊)
★2日目
福井県福井市→勝山市→坂井市→能登有料道路→石川県羽咋郡→能登有料道路→富山県富山市(泊)
★3日目
富山県富山市→R41号線→岐阜県高山市→R158号線→長野県松本市→長野自動車道→中央自動車道→名神高速道路→岐阜県羽島市(泊)
★4日目
岐阜県羽島市→大垣市→関ケ原町→滋賀県長浜市→京都市右京区→R9号線→R423号線→中国自動車道→山陽自動車道→帰宅
(走行距離約1900㎞)
■福井城
織田信長が越前を平定し、その家老柴田勝家が入府したのが北ノ庄城です。
信長死後の賎ヶ岳合戦で勝家が羽柴秀吉に敗れると北ノ庄城は落城します。
関ヶ原合戦後の1601年(慶長6年)に徳川家康の次男結城秀康が北陸の押さえとして福井61万石に封じられると、北ノ庄城に代わる新城を構築しました。
これが福井城で、1606年(慶長11年)に完成しました。
2010/09/10 08:09:40
■酷暑の中で突撃観光ι(´Д`υ;)
~富山・飛騨高山・松本・滋賀・京都の旅~
暑い日が続きます。4トラの皆様、旅行中の熱中症対策だいじょうぶですか?くれぐれもご無理なさらずお気をつけください。
とかなんとか言って、わたくしこと‘アホ Godzilla’は、飛騨高山・松本まで1900kmのロングラン、この猛暑の中でせっせと突撃観光ι(´Д`υ;)をしてきましたあー。
b(`o´;)d∥/ウッシ!
さて、今回の旅行記ですが、福井・能登半島・富山・飛騨高山・松本・滋賀・京都方面をぐるっと巡行してきましたので、その第2弾としてピックアップしてみました。
「ひとり旅巡行記[763]福井・能登半島・富山の旅」の続編です。
【旅程】
細かそうですが、いつも出たとこ勝負の車旅なのです。
★1日目
広島市自宅→山陽自動車道→舞鶴若狭自動車道→R27号線→北陸自動車道→福井県福井市(泊)
★2日目
福井県福井市→勝山市→坂井市→能登有料道路→石川県羽咋郡→能登有料道路→富山県富山市(泊)
★3日目
富山県富山市→R41号線→岐阜県高山市→R158号線→長野県松本市→長野自動車道→中央自動車道→名神高速道路→岐阜県羽島市(泊)
★4日目
岐阜県羽島市→大垣市→関ケ原町→滋賀県長浜市→京都市右京区→R9号線→R423号線→中国自動車道→山陽自動車道→帰宅
(走行距離約1900㎞)
※後日、訪問地別にアップしていきま~す。
いつ完成することやら・・。^^;) Mecha GodzillaⅡ&703
2010/09/10 08:09:21
ベルヴェデーレ宮殿の前庭では立葵、千日紅、ブルーサルビアなど秋の花が咲き乱れていた
ウィーン・ザルツブルグの旅10
2009年10月5~14日
年に一度の今年の海外旅行はクラシック音楽の中でも私がもっとも多くの好きな曲のあるモーツァルトが生まれ活躍したザルツブルグとベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットがあるウィーンを訪れました。
ウィーンは5年前に中欧3国のツアーで一度立ち寄りましたが再度たずねたくなる魅力あふれる街で、今回はオ-ストリア1カ国に絞り、ハプスブルグ王朝の文化遺産と音楽と自然の美しさを堪能した旅でした。
──────────────────────────────
10月12日(月)
ウィーン最後の日は雨で始まった。テレビの気象予報では曇りで気温は12℃。小雨の中をベルヴェデーレ宮殿美術館のクリムトの絵を目当てに出かけた。
最寄の駅から10分もあるが仕方がない。途中で同じ宮殿に向かうオーストラリアから来た老夫婦と一緒になった。
It’s a long wayと同じように感じていたようだ。
宮殿は左右対称の立派なもので、緑青色の屋根が美しい。展示は3フロアあり、目当てのクリムトは2階で、有名な「接吻」以外にも風景画なども含め多くの作品があった。
「接吻」は1908年作で国立美術館に即買い上げられたそうだ。
日本語のオーディオガイド付きなので他のオーストリアにかかわりの深い画家や宗教画などもある程度理解できた。
北側には広々とした庭園があり、ベージュと茶の二色の砕石と芝生や植木で描かれた美しい模様がどっしりとした石造りの宮殿を優美に見せている。
芝生を嘴でほじくり返すカラスは小柄だが悪質に見えた。
庭園北側にあるバロック美術館は素通りしてベージュと茶の2色の壁が美しい楽友協会の横を通って繁華街へ出た。
途中グランドホテルの中をのぞいたら地下に野菜、果物、肉、パンなど豊富に並べたデパ地下ならぬホテ地下が見えた。
昼食は天満屋となりのMAMA’S KITCHENというウィーン料理の店に入った。見て、中身を聞いて注文したのは パンと卵などを混ぜたこぶし大のパン団子(クヌ-デル)をスープで茹でたものを、肉と野菜の煮込みと一緒に食べるもの。
一緒に食べると塩味がちょうどよい。煮込みは酸味が効いてシチューとは違った味だ。食後はケルントナー通りをぶらつきながらおみやげのモーツァルト・チョコレートや民芸品などを買った。
夜のコンサートに備えてひとまずホテルへ戻り、ほかに客のいない一階のカフェで紅茶を飲みながら日記を書いている。
ガラス天井からのやわらかい光が気分をほぐしてくれる。
楽友協会はKarlsplatz駅からすぐで7時半にはついた。ロビー横のクロークにコートを預け、バウチャーと引き換えにチケットを受け取った。ミキトラベルへ行って購入したのはE54の席だが、受け取ったのはE79の前から6列目のよい席だった。
本日のプログラムをE5で購入。7:40にブザーが鳴って入場開始。この楽友協会大ホールは毎年ニューイヤーコンサートが行われ超有名なだけあって、開始前の記念撮影で舞台の前は混雑した。
ウィーンモーツァルトオーケストラによる演奏のプログラムは前半が交響曲35番、94番、ドンジョバンニ、フルートとハープのための協奏曲など、後半はフィガロの結婚、アイネクライネ・・・など。
いろいろな種類の音楽が聴けてすごくよかった。オペラなどふだん聴く機会は無いので。アンコールも大サービスで、フィナーレは新年と同じラデツキー行進曲で聴衆も手拍子で歓喜に酔いしれた。
ホテルに戻ってから1階のバーでワインを飲んだ。旅行の最後の夜のすばらしいコンサートの後なので、ほっとした安堵感と疲れが入り混じり、いい気分でこの旅行を思い返した。
本日の歩数:約16000歩(13日空港で20826歩)
10月13日(火)
昨日の天気とはうって変わり朝から快晴だった。テレビの気象番組によると朝6時の気温は6℃で日中の最高気温が8℃とのこと。
8時にはすべての帰り支度が整い空港に向かうには1時間早すぎるのでホテルの近辺に出かけてみた。
外は風がすごく強く、すぐにコートの襟を立てた。日が昇って間もないので、通りの一部や高い建物の上部だけがまぶしいほどの陽を浴びて輝いている。
すぐ近くの教会の白い塔が真っ青な空にそびえていた。
このあたりでは通勤や通学、買い物などごく普通の生活が見られ、繁華街とはまったく異なる雰囲気が興味深い。交差点の近くにCAFE KONDITOREIというカフェがあったので朝食に入った。
(ANANASの朝食はオプション)
メニュー看板でEgg Breakfastを注文すると、オレンジジュースのあとしばらくして出来立てのゆで卵、あたたかいパン、クリームでハートの模様を描いたウィンナコーヒーが運ばれてきた。
年配のマエストロはカフェ店主らしく気の利いたサービスをしてくれた。ホテルのビュッフェ朝食ではこういうことはない。
ホテルの裏側へ回ると地下鉄駅PILGRAM GASSEの昔ながらの年代を感じさせる立派な出入り口があり、朝の通勤客が急いでいた。
9時過ぎにチェックアウトを済ませ、中央駅からは9:40発の空港ライナー16分で着いた。
帰国便 ウィーン発アエロフロート・ロシア航空SU262便 12:00発 エアバスA319
モスクワにてSU575便 エアバスA330に乗り換えモスクワ19:20発 成田着10:00
モスクワではお目当てのマトリョーシカ(木製重ね人形)を7体重ねと5体重ねの2個買った。
モスクワを出発するとき時差を1時間間違えて危うい思いをした。乗り継ぎ便での一人旅ではくれぐれも注意が必要だと思った。成田到着は予定より少し早く9:23に無事着陸した。
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◇ 今回の旅行記はこれで終わります。ウィーンとザルツブルグの二都市での連泊のため移動の疲れは少ない代わり歩いた距離は約80Km(13万歩)に達しました。
◇ 天候はおおむね良好で傘をさして観光することはありませんでした。気温は6日午後の28℃から13日朝の6℃まで変化は大きかったですが湿度は低いので不快なことはありませんでした。
晴れたのは3日間だけで、あとは曇りや薄日が差す天気で、写真撮影にはコントラストが強すぎずかえってよかったと思いました。
◇ この旅行記は撮影した写真の解説書も意図していますので駅や通りや店の名称など原語も併記したところがあります。
◇写真機材 カメラCANON EOS40D レンズ EF-S 17-85 IS USM
Nikon COOL-PIX 5400(楽友協会ホールの写真)
◇費用精算 航空券(諸税、手数料含む) 75410円
ホテル(3箇所 8泊) 76380円
交通費(ザルツブルグ゙往復含む) 25270円
半日ツアー、コンサート各2回 24120円
入場料、食事、カフェ、バー 43310円
おみやげ 27250円
モスクワでのおみやげ、飲食 20290円
合計 292030円
為替レート1E(ユーロ)=134円 1ルーブル=3.1円
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ウィーン・ザルツブルグの旅①~⑦をご覧いただきありがとうございました。私のホームページ「旅行写真展示室」には旅行以外の「四季折々の風景」、「食べる頁」、「随想録」など豊富なコンテンツを公開していますので、よかったらお立ち寄りください。
編集・公開2010.7 yamada423
2010/09/09 04:09:41
➛彦根の名所・史跡の観光を終え近江八幡市に移動します。
宿に入るには時間も早いことから、のどかに、水郷めぐりを味わうことに・・・。
➛八幡堀
http://bit.ly/a6gErh
➛名所・史跡を訪ねて(フォト、マップ、スライド)
http://bit.ly/9iwjgH
➛ムービーシアター
http://bit.ly/9YKNh1
2010/09/09 09:09:04
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